華麗なる花嫁の贈り物

 ある朝、墓地から館へ戻ると、見覚えのある男が大きな荷を抱えて玄関ホールに佇んでいた。
「これはこれは、お嬢様! お久しぶりでございます。この度は御結婚おめでとうございます」
 男は溢れんばかりの笑顔で、サアラと夫のジェイクを寿ぐ。彼はアスガント公爵の懇意にしている、宝石商だ。サアラはにっこりと微笑んだ。
「突然訪ねて申し訳ありません。アスガント公爵閣下のご依頼で、お品物を届けに参りました」
 あなたこそがただ一人の客だと言わんばかりの好意的な微笑みで、宝石商は言った。
 サアラは不思議そうに瞬いて傍らのジェイクを見上げる。ジェイクも訝しげな眼差しでサアラを見下ろし、二人はよく分からないまま目を見交わした。

「どれでもお好きな品物を、お好きなだけお選び下さい」
 居間に通された宝石商は、テーブルに荷を下ろし、そこからさまざまな宝飾品を取り出した。テーブルはたちまち様々な色の輝きでいっぱいになり、話を聞きつけて集まって来た使用人達の瞳を煌めかせる。
 サアラはソファに腰掛けて、目の前の輝きを眺めた。
「これはつまり、どういうことなんですの?」
 事情が分からず、頬を押さえて小首をかしげる。
「公爵閣下からは、世話になっている礼──と、承っておりますが」
 宝石商はにこやかな笑顔を崩すことなく説明した。
「それは、公爵閣下が代金を支払って下さるということですよね?」
 傍らに立っていた侍女のタニアが、ギラリと目を光らせた。
「もちろんです」
 宝石商は穏やかに首肯する。
「奥様奥様、試しに色々つけてみて下さい!」
 タニアは珍しく興奮した声で言った。彼女は自分の身を飾ることをしないくせに、どうもサアラを飾ることには、並々ならぬ熱意を注いでいるようなところがある。それは彼女に限らず、コルドン家に仕えている女性の使用人全員に言えることで、サアラが殊更華やかなドレスを纏っている時など、皆少女のように目を輝かせて、こちらを見るのである。
 たちまちコルドン家で働いている女性の使用人が全員が居間に集まってきた。テーブルを取り囲んで宝飾品に見入っている。
 サアラはその場に並べられた三十点あまりの商品を、順繰り見やった。
 その中の一つ、小ぶりな真紅の宝石をいくつもあしらった首飾りを手に取る。サアラの白い肌には、よく似合いそうだ。細い銀の鎖が二重になっていて、凝った繋ぎ方をしてあるところもサアラの好みに合っている。しげしげとそれを眺めていると、
「奥様! どうせなら、もっと派手で豪華なものにした方がいいんじゃありませんか?」
「私はこちらの青い物の方が……でもこちらも」
「絶対こっちですよ! 奥様の目とよく似た色ですもの。似合うに決まってます!」
 使用人達が突進して来る勢いで口々に言い、宝飾品を指差した。
 その様子を、居間の隅に集った男性諸君が、まるで別世界の住人を見るような遠い目で見ている。その中には、ジェイクの姿もあった。
「一通りお試しになってはいかがでしょう?」
 宝石商は両手を開いて商品を示した。
 サアラはまじまじと宝石を眺め、そして部屋の片隅に佇んでいるジェイクの無表情に視線を送り、宝石商に向き直ってにっこりと微笑んだ。
「全部頂きましょう」
 サアラは軽やかに言い切った。
 はしゃいでいた使用人達は驚いてたちまちしんとする。宝石商も一瞬ぽかんとした。
「全部……ですか?」
「ええ、全部です。いえ、これだけは要りませんから、お返ししますわ。お引き取りになって」
 サアラは手に持っていた赤い宝石の首飾りを、テーブルに置いた。
「ははは……相変わらず、お嬢様は清々しいお買い物をなさいますね」
 宝石商が笑顔を取り戻して言った。
「アスガント公爵閣下に、よろしくおっしゃって」
 にっこりと微笑むと、サアラは手近な真珠の指輪を取った。くるりと角度を変えて、それを眺め、
「タニア、この上品な意匠は、あなたに似合うと思いますわ」
 傍に立っていたタニアに指輪を渡す。弾みでそれを受け取ったタニアは、きょとんとして指輪を見ていた。
 サアラは次に、大きな青い宝石のついた首飾りを、侍女のヘンリエンネに差し出す。
「これはあなたがよく着ている服にピッタリなのではありませんかしら?」
 ヘンリエンネは驚いた表情ながら、手を伸ばして首飾りを受け取った。
「こちらはユーリアですわね。あなたの顔立ちには、可愛らしい色が合うと思いますの」
 と、家庭教師のユーリアを手招きし、桃色の滴みたいな宝石が付いた耳飾りを渡す。
 宝飾品を吟味して、次々に渡してゆき、全員に渡し終え、二度目にタニアに渡そうとしたところで、
「奥様、これは奥様への贈り物なんですよ?」
 タニアが困ったように言った。
「そうですよ、お嬢様。先にお嬢様の物をお選びになった方がよろしいのでは?」
 宝石商も躊躇いがちに提案する。
「私はいりませんの」
 サアラが晴れやかな笑顔で断言すると、宝石商は目を剥いた。
「だって、美しいものが見たければ、鏡を見ればいいのですから」
 サアラは鮮やかに言ってのける。
「ですから、これは全て皆さんに使って頂きたいですわ。せっかく公爵閣下がご厚意を示して下さったのですもの」
 サアラはタニアに首飾りを渡した。
「そんな……いいんですか? 私達なんかが」
「おじ様はお金と頭を使って人を喜ばせることが好きなお方です。きっと喜んで下さることでしょう。何より、着飾ることは全ての女性の特権ですわ」
 サアラがふわりと笑いかけると、集まっていた使用人達は途端に頬を染めた。
 着飾ったサアラをあんなに楽しそうに見つめる彼女らが、己を飾ることを望まないはずはないのだ。使用人でも、時には好きな色の衣装を纏って、とびきりの装飾品を身に付けてみればいいと、サアラは思ったのである。
「ですからどうか遠慮なく」
 すると、彼女らはぱっと表情を明るくした。
 次々に渡された宝飾品は、あっという間になくなった。

 宝石商が帰り、朝食を終えて、サアラが自室へ戻ろうと階段を上っていると、後ろから足音がした。
 くるりと振り返ると、ジェイクが上って来るところだった。
 サアラが立ち止まって待っていると、ジェイクはサアラの隣まで上がり、そこで足を止めた。
 小首を傾げて見上げると、ジェイクはサアラの目の前に拳を突き出した。サアラが首をかしげると、
「手を」
 淡々と短く言う。言われた通り手を出すと、ジェイクはサアラの手の平に、拳の中に握っていた物を落とした。サアラは目を丸くした。そこにあるのは、サアラが唯一いらないと言った、赤い宝石の首飾りだった。
「どうして……」
 つぶやくサアラに、ジェイクはやはり淡々と言う。
「一番気に入っているように見えた」
 サアラは呆然と首飾りを見つめた。
 ジェイクの言う通り、サアラが一番引かれたのはこの首飾りだった。けれど、サアラに触る権利を持っているのは自分だけだと言ってくれたジェイクの前で、他の人からの贈り物を受け取りたいとは思わなかったのだ。サアラが拒否したその首飾りを、他の誰かに身に付けてほしくもなかった。
「買ったのは、伯父上ではなく私だ。いらなければ返すが」
「いります」
 サアラは即答していた。頬を上気させ、どんな宝石よりも輝いた瞳でジェイクを見上げる。
「つけて下さいませ」
 差し出された首飾りを、ジェイクは素直にとった。
 サアラは後ろを向いて、長い髪を手で束ね、邪魔にならないよう前に持ってくる。白く細い首を少し前に傾けて待っていると、ジェイクは手を回して首飾りをサアラの鎖骨辺りに垂らし、首の後ろで金具を止めようとする。
「出来ました?」
「じっとしていてくれ」
 少し手間取って金具を止めると、ジェイクは髪を束ねているせいであらわになったサアラの首筋に、不意に口づけた。
「まあ、どうしたんですの? 急に」
 振り向くサアラの首にかかった鎖を指先でなぞり、ジェイクは顔色一つ変えずに言った。
「いや、せっかくつけたのに、すぐに外させることになるなと思っただけだ」
 サアラは目を丸くして、艶然と微笑んだ。
「ジェイク様になら、喜んで外して頂きますわよ」
 そしてサアラは夫の手を握り、寝室への階段を再び上り始めた。

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